離職率を下げるために社宅を借り上げて、看護師や従業員に無料で転貸してもよいのか?
都市部の病床がない診療所であれば、近隣の地域から電車や自転車を使って、看護師や従業員が医院や病院に通えるため、そこまで社宅を用意する必要性はないのかもしれません。
ところが、郊外の診療所になると、特に看護師の求人に応募してくれる人数が一気に減ります。また、病床がある診療所や病院であれば、救急の患者への対応をしたり、そもそも当直や夜勤も交代で行われています。そのため、看護師に社宅を貸与しなければ、雇用できないという実態もあります。
昔は、医療法人が寮を建設して、貸与する事例も多くありました。そもそも定款で、医療法人はアパートやマンションなどの収益物件への投資は禁じられています。それでも、看護師や従業員の社宅として買うのであれば、問題ないとされています。
とはいえ最近は、寮という制度は人気がありません。寮は古臭いというイメージがあったり、隣の部屋に先輩がいると気兼ねするという理由もあるのかもしれません。とにかく、人材が集まらないのであれば、寮に投資する意味もありません。
そこで、医療法人が看護師や従業員の意向を聞いて、医院や病院の近隣で自分たちが借りたいマンションを選んでもらい、そこを借り上げるという方法が増えています。
これは医療法人に限らず、個人事業主の院長先生が借り上げても同じことができます。
「②の賃貸料」をゼロにしてもよいのかという質問を受けることがあります。
「職務の遂行上やむを得ない必要に基づき貸与を受ける家屋」に該当すれば、無料で看護師や従業員に貸しても問題ありません。
具体的には、下記のケースとなります。
この中で「(3)」で「通常の勤務時間外においても勤務を要することを常例とする看護師」に対して、例えば、深夜に病棟に呼び出さるような業務が常にあるため、医院や病院の近くに社宅を用意しているときには、「②の賃貸料」は無料でよいことになります。
院長先生から、
「看護師が自家用車で自宅から通うために片道約30Kmの距離を通勤するとなると、事故等に遭う確率が高くなる。それに、通勤時間が長いと精神的・肉体的疲労も大きく、医療ミスにつながりやすい。事故のリスクと医療ミスを回避するというやむを得ない理由に基づいているので、無料で社宅を貸してもよいのでは?」
という意見をよく聞きます。
それでも、上記の具体的事例に、医院や病院などの勤務場所が郊外にあり、看護師や従業員の通勤のために社宅を借り上げるならば、「②の賃貸料」をゼロにしてよいというものはありません。
そのため、最低でも下記の計算の合計額を賃貸料として徴収する必要があります。
もし「②の賃貸料」を無料にしていると、「①の賃貸料」が給与と見なされて、看護師や従業員に所得税が課税されてしまうのです。
また、上記の計算式(「(1)+(2)+(3)」の賃貸料よりも低くなっていれば、「①の賃貸料-②の賃貸料」が、やはり給与とみなされます。
とはいえ、建物の固定資産税の課税標準額とは、毎年、市区町村から大家に送られてくる固定資産税の納付書に記載があるのですが、それほど高額ではありません。実際に計算してみないと分かりませんが、「①の賃貸料×30%程度≧②の賃貸料」と考えてもよいでしょう。とすれば、看護師や従業員は70%の賃貸料を医療法人に負担してもらえることになり、かなりのメリットがあります。
また、大家から固定資産税の課税標準額を教えてもらえなくても、その社宅がある市町村の窓口に行けば、賃借人であることを証明する資料として賃貸契約書は必要ですが、閲覧はできます。
このときの注意点は、「固定資産税の課税標準額」とは固定資産税を計算するときの固定資産税評価額ではないことです。固定資産税を計算するときの元になる固定資産税評価額は、住宅用地の場合には小規模住宅用地の特例などが自動的に適用されます。
小規模住宅用地の特例とは、住宅用地のうち、住戸一戸あたり200㎡までの部分の固定資産税評価額を1/6に、200㎡超の部分の固定資産税評価額を1/3に減額してくれる制度です。この減額されたあとの固定資産税評価額を使って、「②の賃貸料」を計算してはいけないということです。
あくまで、固定資産税の課税標準額としては、地方税法の規定による固定資産課税台帳に登録された価格を使ってください。
市町村の窓口に行って、特例を適用する前の課税標準額と伝えれば、先方は分かります。
それでも、医院や病院の担当者が市町村の窓口まで閲覧に行くのは面倒だということであっても、看護師や従業員から、「①の賃貸料×1/2」以上の賃貸料をもらっていれば、上記の計算式(「(1)+(2)+(3)」を計算しなくてもよいことになっています。
ということで、②の賃貸料は、実務的に固定資産税の課税標準額から計算した「(1)+(2)+(3)」で設定するのが、最も有利となります。
なお、現金で看護師や従業員に住宅手当を支給する場合には、給与明細で区分して記載したとしても給与となります。
さらに、看護師や従業員が大家と直接契約している場合には、社宅とは認められません。その場合には今から大家と覚書でもよいので締結して、医療法人や個人事業主の院長先生がその賃貸契約の地位を引き継いでください。
税務調査のときに社宅ではないと断定されたら、本人の所得税が上がるだけではなく、医療法人と個人事業主の院長先生にも源泉徴収漏れとしてペナルティが課されることになります。